あにゃたには、
たくさんの贈り物が準備されているにゃん!
それ、欲しいにゃん!
本を閉じて、外にでるといいにゃん!
畑はたのしいにゃ。
自己否定をしない本能は、
こういうところで遊ぶと、
元気ににゃるにゃ!
裏側も、なーちゃんにゃ!
裏ものぞいてみようにゃ!
にゃにかに、
にゃりたいと思ったら、にゃれるよ!
でも、
にゃれるんにゃらやる、
って条件つきだと、
にゃれにゃいにゃ~。
家の隣にいるちびちゃん、
ふくちゃん(福本清三)に似ているんだにゃ。
あにゃたのこと、
どこかで、
誰かが、
見ていてくれるにゃ!
斬られ役というのは
特別な脇役ではありません。
しかし、斬られ役の倒され方次第で
主役が“立つ”かどうか、
それが大きく変わります。
主役が目立たないと絵にはならないからです。
殺陣(たて)の稽古は先輩につけてもらうのですが、
それは剣を合わせるに過ぎません。
昔から変わりませんが、
どう演じるかは、
他人から盗み、
自分であみ出すしかないのです。
上段から切り伏せられ、
バックからえびぞりで
自分の「死に顔」をカメラに撮らせる。
その効果を自覚しながら
映画館の大画面にそれがいっぱいに広がり、
どうと倒れる。
それで主役は強く、
凄腕の剣客として「立つ」のです。
そのことが何より私はうれしかったのです。
自分が「役者」だなどと思ったことは
まったくありませんでした。
けれどある日、
萬屋錦之介さんに
「役者を立てる殺陣をできる人は役者だよ。
だから福本は
十分、役者なんだよ」といわれ、
感動しました。
いまだに「私の代表作」などというものは
存在しないと思っています。
私は大部屋俳優として
人生の大半をすごしてきたからです。
作品がハリウッド映画だろうが
日本のテレビドラマだろうが、
私には関係ありません。
出演時間がわずかだろうが
長かろうが関係ありません。
台詞があろうがなかろうが、
関係ありません。
私は斬られ役にこだわり、
それに生涯をかけて徹してきたのです。
その終焉を飾る演出を、
いつの間にか応援してくれていた方々が
用意してくれたということです。
とてもありがたいことですが、
それでも私はテロップにも流れない
無名の脇役でいたいのです。
そういう人生があり、
それに生きがいを感じる人間がいるということを
知ってください。
ふくちゃん!
あにゃたの意見に、
はんたいの賛成の、
賛成のはんたいにゃのだ!
今日も、酒がうまかったにゃ。
胃がおもたい人は、
冷蔵庫のにゃかとか、
キッチンに、いらにゃいものがたまってるよ。
咳がでるひとは、
窓のそうじするといいにゃ!
つまんにゃい仕事でも
一生懸命やると、
いいことばっかり起きようににゃるよ!
ぐちぐち文句たれるんにゃら、
おまえがやれ!
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やっと水星がいて座に入ったにゃ、
ああ言えば、こう言おうにゃ。
そんにゃにいやにゃら、わかれちゃいにゃ!
人生にゃがいからね。
そのほうが、
損、こかにゃいよ。
がまんしてるほうが、
よっぽど損だにゃ。
覚悟を決めて、やってみにゃよ!
人生は、あにゃた次第だにゃ!